放送番組の製作委託取引に関する法律相談を受けていて思うこと
2024.11.17
こんにちは。インテアス法律事務所代表の樽本哲です。
普段、放送番組はニュースとアニメくらいしか見ない私ですが、数年ほど前から、総務省の委託を受けて、放送番組の製作委託取引に関する下請法の法律相談弁護士をしています。
周知のとおり、2019年にテレビの広告収入はインターネット広告に追い越され、以後も両者の差は広がり続けています。放送業界では番組製作費の削減意識が高まる一方で、物価高や労務費の増加によって番組製作にかかるコストは上昇傾向にあります。その板挟みになっているのが製作現場です。テレビのレギュラー番組を長年担当している顧問先のある番組製作会社は、局のプロデューサーから、番組の構成を工夫したりロケの時間を減らしたりすることで、番組の質を何とか保ちつつ1本あたりの取引価格を削減したいと求められ、対応に苦慮していると言います。下請法の法律相談の相談者からも同様の悩みを耳にすることがあります。
レギュラー番組といえども、契約は年に1回、新たに締結し直すのが一般的です。双方とも契約を更新する義務はないので、一方がやめたいと言うと、他方は譲歩するか諦めるほかありません。もちろん、下請代金の買いたたきは下請法に抵触します。放送局もそれは承知しているため、製作会社の都合を無視して一方的に価格を引き下げ、または理由もなく価格転嫁を拒絶することはしません。コンプライアンス意識が低く必ずしもそうではない発注者も中にはいますが、多くの事業者は総務省のガイドラインを遵守しようと努力しています。
価格は下がらない、むしろ増える、しかし製作予算は削られる。発注者も苦しい……。そこで、製作の内製化や発注本数の削減といった苦肉の策を取ることになります。買いたたきをするわけではないため、発注削減それ自体は違法ではありません。しかし、製作会社としては、価格を引き下げられるよりも発注がなくなるほうが、経営に与えるダメージは大きい場合があります。
そこで、どうにか取引を継続させる方法はないか、との切実な相談が寄せられることがあります。そんなとき私が答えられることは、「買いたたきを正当化するための手段として発注削減や打ち切りをほのめかすことは違法になり得るが、そのようなことがない限り、下請法では対処できない」ということだけです…。どちらか一方が悪いわけではないのにどちらも苦しんでいる。それが放送業界のひとつの側面ではないかと思います。
放送以外の業界に目を向ければ、動画配信ビジネスは成長を続けているし、アニメや漫画の市場規模も拡大しています。TVerの広告収入も伸びていると聞きます。放送局や番組製作会社が動画配信事業者と組むことでテレビの外で稼げるようになれば、問題はそれほどないのかもしれません。
ただ、地域にとって地元の情報がテレビで気軽に見られることは、生活の質の向上や防犯・防災上も必要不可欠です。地域から元気な放送局と番組製作会社が失われるのは大きな損失で、簡単には取り返せません。地元密着の放送コンテンツでもっと稼げるようになって、放送局も製作会社もフリーランスのディレクターや作家さんたちも、みんなが潤う、そんなビジネスの仕組みができてほしいと、心から思います。一方で、視聴者の多様化や価値観の変化に対応するためには、コンテンツの質の向上と多様な観点からの番組作りがますます求められるとも感じています。
放送業界の現状は、単に一つの業界の問題にとどまりません。それは、私たちの生活や社会に深く関わる問題です。多様な情報にアクセスし、多様な意見に触れることは、民主主義社会を維持するために非常に重要です。SNSやインターネットメディアが巨大な力を持ち始めている今こそ、社会の公共財としての放送の役割を考える必要があります。
この問題を解決するためには、政府、業界、そして私たち一人ひとりが協力して、より良い未来を築いていく必要があります。皆さんは、この問題についてどう考えますか?より良い放送業界の未来のために、私たち一人ひとりができることは何でしょうか。